Friday, November 19, 2010

先生になりたい!





11月19日 パキスタン2週間目 19th Nov. Day 14 in Pakistan (English to be followed after Japanese)

私がパキスタンに今いて何をしているかをざっと説明。

今年7月下旬の大豪雨に伴った洪水からの復興支援の為、世界各地から国際協力機関やNGOがパキスタンに駆けつけているのはみなさんも知っていると思う。 私が働く認定NPO法人国境なき子どもたち(KnK) http://www.knk.or.jp/act/PAK/top.html は日本の外務省の 援助を受けて2005年に起きた大地震の被災地支援の為に既にパキスタンのローカルNGOと連帯して教育・人道支援を行っていた。そんな中夏の洪水被害を があり今度はJPF(ジャパンプラットフォ−ム)の援助を受けて9月から10月末の水害支援事業第1で44軒の仮設テントと学用品の配給を実施し、11月から始まった 水害支援事業第2では20軒の仮設校舎を建てる事業計画を遂行中だ。私はこの事業第2の現地派遣コーディネーターとして東京の本部とパキスタンの活動地を繋ぐ役割をしている。東京の事務局と連絡を取りながら現地視察や活動状況の進み具合の確認、会計、報告書作成また他団体の教育支援関連でのミーティングの参加など随時パキスタンの 教育に関係する事なら多方面から情報収集するというのが私の役目。他分野に渡っての知識もつくし色々な意味での経験が積めて、且つやりがいもすごくある仕事に就けて本当にうれしいと思う。色々な不便もあるしストレスを感じたりする事もあるけど学校視察した時の子ど もたちの笑顔を見て来てよかった、とすごく思った。

活動地はコヒスタン郡の中に点在していて車ですぐ近くまで行ける所もあれば、8時間以上も歩かないとならない場所もある(まだそこは行ってないけど)。コヒスタン郡はK2で知られるカラコラム山脈とアフガニスタンとの国境近くのヒンドゥークシュ山脈との間に位置する山岳地帯。今回の訪問地は徒歩で2時間弱の所だという。ホテルのあるビシャムから洪水時の土砂崩れで一時通行不可能になっていたカラコラムハイウェイという道路を30分進み、オフロードに入ってまた30分ほど入るともう車は入れない谷に出る。そこから一時間ほど降りていくと今建設中の学校の一つ、パロラ公立小学校がある。天気もよく、壮大な山を見上げながらの下山はとても気持ちがいい。青空と緑の山とのコントラストがすごくいい。道々柿がところどころになっていて日本の田舎の風景を思い出した。とても札幌が恋しくなった。

子どもたちはまだ屋根のない青空教室での授業を受けていた。11月下旬になると急激な気温の低下で青空教室は一時中断しなくてはならない。 現地スタッフも一刻も早く仕上げようと子どもたちの為に必死だ。シャイな子どもたちも思いがけない来客に最初はびっくりしていたが元気よく教科書の朗読な どしていた。カメラを向けると恥ずかしそうに笑ってなんともかわいかった。そんな人見知りな子達でも学校が終わった途端帰宅途中の私達を追い越して山を駆 け上がり高い所からぴーぴーと口笛を吹いて私達の気を惹こうとしてなんとも嬉しくなった。カメラを向けるとまたさらに喜んでいた。子どもは無邪気でいれれ ばそれでいい。

次の日水害支援事業1で完成した仮設テントにも足を運んだ。もう授業も始まっており、生徒の出席数も洪水前とほとんど同じ位まで戻っていた。44校のうちの女子学校でこの学校は比較的道路から近く、資材などを運び易いという事で、今回に事業2で仮設校舎を建て、その後今使っている仮設テントはもっと遠くで学 校を必要としている地域への移動が決まっている。テントの女子学生達は学校が出来た事をとても喜んでくれていて、先生も生徒達はほとんど全員毎日皆勤だといって出席簿を誇らしげに見せてくれた。コヒスタン郡はパキスタンの中でも相当貧しい地域に該当する。。識字率は29%と低いが、特に女性は6%と最悪の割合。ハイバルパフトゥーンハ州一体で女子の教育にはあまり力が入れられていない。そんな中、この学校の生徒に将来の夢を聞くと「先生になりたい」という声が多かった。なんだか希望が見えた気がした!

子どもたちの為に自分に何ができるのか、本当にそんな事わからない。でも何もしないでいるよりちょっとでも何かできる位置にいたいと思う。今のこの仕事がその第一歩になったらいいな、と思う。

Wednesday, November 17, 2010

Day 12 Pakistan. During Eid holiday




11月17日パキスタン12日目 17th Nov. Day 12 in Pakistan (English followed after Japanese)

あっと言う間に前回ブログを書いた日から一週間以上たってしまった。やはり仕事が始まり色々な人達と会うようになると時間がたつのも早い。 今週一週間今日からのイスラム教の犠牲祭 Eid il Adha の為仕事がお休み。ずっとやりたかったけどやれなかったパソコンのファイル整理やパキスタンの勉強などしながら過ごした。ずっと入れっぱなしにしていた写真のファイルは全部外付けハードドライブに移した。40GBほど軽くなりなんだかパソコンの反応が幾分か速くなったような気もする。

11月8日から12日まではハイバルパフトゥーンハー州のマンセラ郡、シャングラ郡とコヒスタン郡をそれぞれ廻って来た。マンセラ郡とシャングラ郡のビシャムにはKnKが提携している現地のNGOの事務所があって、そこで仕事をしながらコヒスタン郡の事業現場で建設中の学校視察に行く事になった。マンセラ郡までイスラマバードから4時間、マンセラ郡からビシャムまでまた4時間、と移動だけでもかなりの時間がかかるので、オフィス勤務の時はマンセラ郡近くのアボダバードという街で泊まり、コヒスタンの学校視察の時はビシャムのオフィス脇のホテルに泊まり、週末をイスラマバードで過ごす、というスケジュールとなった。なぜイスラマバードに戻らないとならないかというとやはりセキュリティーの関係で拠点を首都においておかないとならないという事らしい。

最近になって思ったが、イスラマバードが拠点で本当によかった。やはり首都だけあって一応色々と豊富にそろっているし、外国人も一応いるし、比較的寂しくない(と思われる)。息抜きの場もない事もないらしい。(ジムやプールやバーまでもあるみたい。行く気はあまりないけど。)外国の人がパキスタンなどイスラム諸国に来て不自由に思う事の一つにお酒の入手方法があげられる。パレスチナも同様、パキスタンでは原則的にイスラム教徒の飲酒はできないが(している人はいっぱいるけど)、外国人には違法とはしていない。そのためお酒を出すレストランなども少ないけれど存在し、許可証さえあれば入手ルートもある。昔の大酒飲みの頃の私なら入手ルートを探して買いに行く人の気持ちが理解できたかもしれないが、今の私としては探してまで、という気もしてしまう。ご飯食べに行ってそこにあれば飲む事があっても別に4ヶ月アルコールフリーも悪くないとも思う。

お酒が飲めないなんて別に辛くはない。何が辛いか、というとやっぱりちょっとした疎外感かな、と思う。平日の北のほうに行っている間はスタッフと話せるが、休日のイスラマバードにいる間は、知り合いでも出来ない限りずっと一人。そして一人で外に行くのはなるべく避けるように言われている為、ホテルにコモリっきりの事が多い。そうなるとネットは本当に超重要。スカイプでの会話をのぞけば一日中口をきかないで終わる日もある。本を読んだりウルドゥ語を勉強したりしていれば自然と一日終わったりもするが、やっぱり何時間もずっと何も話さないでいるのはストレスがたまる。そんな時は持って来たバランスボールでリフレッシュしてみる。友人達が親切にパキスタンに住む知り合いを紹介してくれた。犠牲祭が終わったら戻ってくるというので楽しみだ。どちらにせよ、今は犠牲祭で一週間休みだけどそれが終わったらイスラマバードにいるのも週末だけだからそんなに寂しくはないのかもしれない。

今回は私が携わる活動について分かりやすく、でも簡単に説明しようと思っていたんだけど、長くなったので次回にまわす事にする。

Monday, November 8, 2010

Day 3 in Islamabad






11月7日 イスラマバード3日目 7th November Day 3 in Islamabad (English followed after Japanese)

今日はパキスタン風朝食3日目。そろそろ大丈夫かな、と思い、生野菜食べたかったので少し食べてみた。パキスタンの料理はインドの料理に似ているんだけどどうも脂がすごい。朝から結構こってりのスパイスきいたお料理で、どっしりしてるから量が少なくてもすぐ満足になる。でもやっぱりせっかくの野菜の味が全然わからなかったから生野菜が恋しかった。水道水で洗っているだろうからおなかが慣れてくるまでは出されても食べないでいた。久しぶりに食べたらやっぱりおいしかった。でもちょっとずつ慣らしていかないとね。


今日はホテルオーナーの督永さんが毎週行っているサンデーマーケットに連れていってくれるということで一緒について行った。やはり人がたくさん集まる所に 行くには色々と注意がいるので朝一番にまだ人が集まっていない時にボディーガードとドライバーとの4人で向かった。イスラマバードに着いてからの初めての外出ということもあり、車の外を見ると何もかもが新鮮だった。みんな同じような服を着て外で並んでしゃがんでいたり、ほったて小屋のようなお店にたむろしたりしていた。私が行った中東の国々と比べても全然違う雰囲気が漂っていた。

市場はItwar Bazarといって政府が週に三回運営しているらしい。かなり大きな敷地に古着、新しい服、ショール、靴、果物、野菜などジャンルに別れて長い店の列が7列ほどあり、客はまだ少なかったが品物はずらっとならんで色とりどりでとてもきれい。洪水の時はこの市場も被害があり、野菜なども一ヶ月ほど手に入らず周囲の住民はとても苦労したと’おばはん ’は言った。野菜や果物の価格が高騰して大変だったという。今のこの活気のある景色からはとても想像がつかない。ここは他の市場よりも女性の買い物客が多いという事で督永さんもよく使うらしい。

おばはんは古着が好きという事で一緒について行ってみる。色とりどりに天井からぶら下がった洋服やタイツ、ぬいぐるみや下着までを眺めながら歩いた。パキスタンの衣装も売っていて色が本当に鮮やかでうっとりしてしまう。私も北の地方の活動場所に行く時には地元と同じ服装にしようと思っていたので何着かここで買おうと決めていた。やはり地味なものがいいと思い、色鮮やかな若い女性用の服をうらめしそうに横に見ながら、60代くらいの人が着ていそうな(というかおばはんが着ているものと同じような)色のシャルワールカミース(ダボンとした膝丈のシャツとズボンとショールの三点セット)を4着購入(800ルピー>800円くらい)。日本では着れなそうだがめちゃくちゃ安いから帰る時は誰かにあげてもいい。そして帰る時はきっとあっちの華やかな方を買っていくんだ!と心の中で決めてはやる気持ちを落ち着かせた。パキスタン製のショールも二枚購入。

もっと奥の方に進むと果物が並んでいた。日本にあるものとあまり変わらないものが多かった。りんご、なし、柿、ぶどう。強い香りを放つ私の大好物グアバ!そしてありえないくらい大きなざくろ!あとはなつめやし、ナッツなど。ざくろもグアバもあとで食べたがすごく甘かった。野菜はかなり種類が豊富で色がとても濃かった。トマトは真っ赤に輝いていてレモンとパクチと一緒に並ぶとなんとも美しかった。督永さんは色々な野菜を次々に買っていた。さすがに地元に根付いた人ならではの買い方で超かっこいい。ゴーヤも売っていてカレーにするとすごくおいしいんだとか。今度試してみよう。

買い物が終わる頃になるほど人が増え始めていた。帰りにスーパーに寄って帰宅。2時間くらいでスーパー楽しいお買い物ができた。このItwar Bazaar とってもおすすめ!督永さんありがとうございました!


It has been 3 days since I started having Pakistani food and I decided I have somewhat already gained an immunity for the local water so I can start eating a bit of uncooked vegetables which I was craving so much for. Pakistani cuisine is usually very greasy even in the breakfast. It is always nice to balance it out by eating something light together. Though every time I was served with some salad, I had to hesitate because usually vegetables are washed with tab water. This morning, I ate a bit of cucumbers and tomatoes and they were really good. I should start little by little though.

The hotel owner, Mrs. Tokunaga kindly took me to a Sunday market called Itwar Bazaar. She likes this market because it is very local, it has a wide variety, and there are many women visitors. Even in the capital city, we have to be careful when we go to a crowded area, so we went there when it has just opened with a company of a driver and a body guard. This was my very first going out ever since I arrived in Islamabad, so everything I saw from the car window was inspiring. Everyone in the street were wearing same clothes and just sitting and hanging out around old shucks and tiny shops. The view was nothing like I had ever seen. It was a very strange site to me.

Itwar Bazaar lined up in a big property and contained various things; second hand clothes, new clothes, textiles, carpets, shoes, fruits, and vegetables. They were lined by categories and making about seven long lines. There were not many people yet, but the products were all making a beautiful color gradations. The Bazaar is run by government and it was severely damaged by the flood over this summer. Mrs. Tokunaga said that it was very hard to get vegetables for about a month after the flood and the price went really high, it affected so many people in the area. It was hard to imagine from looking at this lively view in front of me.

Mrs. Tokunaga wanted to see some second hand clothes, so I went along looking around those clothes, stockings, stuffed animals and even some under wears. There were also various kinds of Pakistani dresses which I wanted to buy for when I visit the northern Pakistan. I wanted to dress like everyone else so I won't stand out. I so very much wanted to get those beautiful color ones, but of course, that will not satisfy my purpose, so I ignored them and bought very very low tone colored ones like those that elderly would wear. I bought 4 sets of them for 800 rupees (about $10). I convinced myself that I will come back to the bazaar when I was going back to Japan and buy those beautiful ones. I also purchased 2 Pakistani made textiles.

When we went deep into the bazaar, there were fruits playing in sunshine. Most of the fruits I have seen in markets in Japan such as apples, oranges, pears, grapes and persimmons. There were also my favorite guavas and huge pomegranates. I ate them later and they were soooo sweet!
In the vegetable section, tomatoes were glowing red and when they were lying next to lemons and celentros, they just looked glorious. Mrs. Tokunaga was buying many kind of vegetables just like the way any locals were and she was looking so cool. I should learn that knowhow some time during my stay. She told me that the bitter melons make really good curry. I want to try it in the future.

As expected, by the time we were done, there were many people coming into the market. We were just on time. She is just great! We stopped by a super market to buy some more and returned back to the hotel. It was only some 2 hours event, but it was a super fun shopping! Itwar Bazaar, highly recommended!
Thanks to you Mrs. Tokunaga!

End of day 3

Saturday, November 6, 2010

Islamabad day 2 all day in Lavender Hotel



11月6日 イスラマバード2日目 
6th November Islamabad day 2 English will follow after Japanese

昨日は熟睡だった。歯を磨いてカーテンを開けた。窓の外を見ると私の大好きなブーゲンビリアの花が真っ赤に咲き誇り、その横にはベッドの置いてある広いベランダのある古い建物。なんか絵はがきのような風景でちょっとまた嬉しくなる。

そして今日が土曜日でよかった!私の愛する方々がスカイプオンラインしてる。うふふ。スカイプの存在に感謝です。まだ2日目だけどきっと時間とともにこの感謝の大きさは膨らんでくるでしょう。そして、待望のバランスボールも膨らんだ! 一人で外はあまり歩かないほうがいいという事もあり、体がなまったら困るかな、と思って買って来たのでした。早速空気を いれるもこれってこんなに力いるのね!びっくりです。明日筋肉痛間違いなしだな。なんとか完成。そしてちょっとエキササイズ。結構いいかも。


朝ご飯の用意ができたという事で早速食堂へ。きのうの夜から楽しみにしていたこっちに滞在中の人達との交流! と思いきや、広い食堂には一人分のご飯。あれれ?他の人達はもう済んだのか? 聞くとこの3日間は誰も泊まっていなかったとか。あさってからまた人が来るらしい。外を見るとこのホテルの警備で銃を持った人達が何人か行ったり来たり。という事で、かたことの英語を話すスタッフにこの辺の治安について聞いてみる。地元の人だからなのか外を歩くのは問題ないと話す。私は一人で出るのは遠慮すると言うと、マーケットに行くならタクシーも出すし、スタッフ一人同行もできるからいつでもどうぞ、と。心強い人達だ。朝ご飯はアメリカンとパキスタン食と日本食の中から選べる。後の日本食が恋しくなった時の為に日本食はとって置こうと決め、パキスタン食に挑戦。ガルバンゾー豆のカレー煮といったものと薄いパンとコーヒー、アップルジュースといった感じで、インドのレストランで食べた事ある感じのものだった。量は少なかったが、やっぱりガルバンゾーはとてもずっしりしていて食べごたえがあり、味も良く、大満足だった。ちなみにシャシンはランチでオーダーしたいものカレー。こっちは量がすごかった。そしてとてもおいしかった。

朝食の後はこのホテルのオーナー、おばはんこと督永さんにこの辺の事についてお話を聞いた。細かい事はここでは避けるが、とても貴重なお話を聞く事ができた。彼女はパキスタンに35年前に登山の為にやってきて、何もかもがうまくいかなかった事からこの国に興味を持ち、また愛着が沸いてそのまま移住したとのこと。とてもエネルギッシュな方で著書も何冊かあり、自分のNGOや他にも会社を持っているという。まさに日本とパキスタンを繋げる第一人者といった感じで、いかに日本の常識や価値観をもってパキスタンを判断する事が間違っているかを教えていただいた。自分は日本人だと思うし日本人的感覚が強いが、パキスタンも大好きでパキスタンの事が悪く言われたり、悪い報道しかされない事を知ると心が痛むとおっしゃっていた。その気持ちはよくわかる、と思った。やはり女性一人でこの辺は歩かない方が言いという事で、明日朝マーケットに連れて行ってくださる、という事で、またも私はラッキー!明日が楽しみ!仕事をスムーズにこなすならやはり髪の毛はもちろん、目以外は隠せるようなブルカをつけた方が特にコヒスタンあたりではいいだろうと言う事で明日購入する事にする。

部屋に戻りテレビをつけるとほとんどのチャンネルがウルドゥ語のニュースであった。コマーシャルから戻る時の音楽が「お、何か起きたのか?」と思わせるようなドラマチックな音楽でちょっと面白い。ニュースキャスターもちょっと怒鳴るくらいに大きな声で、映像もほとんどがどこかの暴動なのか人混みの多いシーンが多い。パレスチナにいた時のテレビも似たようなものだった。イスラム圏特有なのだろうか。ずっと見てて結局理解できたのはオバマ大統領のインド訪問のみであった。

今日は書類の整理をして来週からの仕事に備える事にした。日本モードからパキスタンモードにシフトしなくっちゃ!

2日目終了

I had a real good sleep last night. I opened the curtain and found a beautiful view like a postcard. My favorite flower, bougainvilleae (maginuuneh!) was expressing its redness and passion. And there is an old building with a big balcony with an old crib. I was wondering who would be lying there.

Today is Saturday and I am excited to chat with my loved ones on skype! I thank whoever that invented skype and I am sure I will be thanking it even more as the time progresses.

I went to the dining room down stairs for breakfast hoping to talk with other guests and ask about how is the stay in this city. When I entered the room, I found only one set of plates on a table. I then found out that I was the only guest last night. The staff told me that there will be some guests tomorrow. I had a quiet breakfast. I chose Pakistani breakfast out of other options like Japanese and American. I wanted to try the local food and at the same time, I wanted to leave the Japanese option until the day I start missing Japanese food. The breakfast was garbanzo beans with curry flovors with a piece of bread. The portion was quite small, but the taste and the heaviness of the beans made me full and satisfied. The photo above is curry potato I ordered for lunch. This portion was really big (350 rupees-about $4). mmmm Tasty!
I think I can live in this country!

After the breakfast, I had a chance to talk with the hotel owner, obahan. She has been living in Pakistan for more than 30 years. She is an expert of Pakistan, especially how to live in Pakistan as a foreigner. She once came here 30 some years ago to climb mountains and fell in love with the country right away she said. " Everything went wrong here and I wanted to do the way I wanted to". By the time she got things right, she was attached to this place and shifted her life to Pakistan. She is full of vitality and energy. She runs her own NGO and some other companies.
She said that the most wrong thing to do is to judge Pakistani people and culture through the eyes and the value of foreign cultures and value. It hurts her to hear negative comments and one sided news about Pakistan she said. I can totally understand that point.
She told me if I want to pursue the project acitivity smoothly in Kohistan, she would recommend me to wear burka. I assumed also that that would be better for me. I am lucky again she is going to take me to the market tomorrow morning .

When I returned to my room, I turned on TV. Almost every channel had news on in Urdu. I thought it may help me getting used to the sound, so I kept it on. News casters are almost yelling and reporting about some crowdedness I am not sure what they are all about. I could tell only about Obama visiting Mumbai. The prologue music for the news sounded so dramatic it made me wonder what happened each time. It also kind of reminded me of news I used to watch back in Palestine.

I organized documents and papers for my work. I need to change my Japanese mode to Pakistani mode by force before Monday, the first day of action.

End of day 2

Friday, November 5, 2010

Pakistan Here I Come!









11月5日 夜10時30分 パキスタン イスラマバード到着  一日目
November 5th 10:30 pm Islamabad English follows after Japanese

バンコクからの飛行機の中ではとなりに座った23歳のパキスタンパンジャブ出身の青年と会話を楽しみながら5時間すごした。彼は両方の眉毛にピアスをしたちょっとヒップな5人兄弟の末っ子。マレーシアに3ヶ月滞在して今帰国するのだと言った。

私:マレーシアにはどうして行ったの?

リズマン:ディスコで遊びたかったからさ。女の子もいるしね。パキスタンにディスコなんてないから。

私:なんでもう帰ってきたの?飽きちゃった?

リズマン:自分が住んでいた家に新しくインド人のルームメートが来て僕を殺そうとしたから。しかも僕が不法滞在でマレーシアに住んでる事を警察に言いそうだったんだ。

その後実家に戻ったら今までできていなかったジムに行ってムキムキになるプランを教えてくれた。どうしてムキムキになるかって?女の子は筋肉が好きじゃないか!と。ちょっと私引き笑い。。。ガムは常に噛むようにしているという。何故かというと顎がひきしまるからだとか。うーむ。私もやってみようかしら。帰っても仕事はする予定はないらしい。家が土地をたくさん所有しているからこれからはよく食べ、よく寝てよく鍛えるの繰り返しをする、と嬉しそうに語っていた。


眉のピアスは最初は誇らしげに語っていたが、着陸が近くなって来た頃、取るのを手伝ってほしいと言ってきた。やはりイスラム教の人達が周りで取り囲む中、それでなくてもきっと外国人の女性一人って事で注目浴びてる感じがさっきからしていたので、男の人の顔に触れるなんてしたくなかった。軽く話しをそらして断った。おとうさんが向かえに来るからばれたら怒られると言っていた。

着陸してパスポートコントロールで3本の長い列ができた。パキスタン人用、パキスタン人の連れのいない女、子供用(多分男性を連れていないと違う扱いになるという事なのかも。)と、外国人用。外国人の列にはいかにもジャーナリスト風、いかにもNGO風、そしていかにもパキスタン男性と結婚して改宗した女性風の人のみの列となっており、普通の旅行者はいないようだった。運良く、私の前で並んでいた人と話ができ、さらに運よくその人はペシャワールの国連に駐在する日本の方という事で現地の話を少し聞く事ができた。連絡先も交換し、コヒスタンもイスラマバードもそんなに心配する事ないよ、と言われてなんだか安堵した。その人にjicaのイスラマバード駐在の方を紹介してもらい、早速日本人二人を知る事ができて日本人でよかった!と心から思った。

荷物を受け取り外へ出ると、ものすごい人数の人達が出てくる人達の出迎えに現れていた。雰囲気はなんとなくカイロの空港のようだが、みんな同じベージュの長いシャツにズボンを着ていたので異様な感じではあった。子供達が30人くらい前の方に整列して待ち構えていてとてもかわいかった。その大人数の中に一人「Ms.Sato」のカードを持っている人を見つけ、早速ホテルへ。よかった、わかりやすいカードもっててくれて。


ラベンダーホテルはパキスタンの名物「おばはん」と呼ばれる日本人の方が経営するホテルで、スタッフもとても気がきいていて、部屋も広くてとても快適。こんなホテルを探してくれたKnKの方に感謝しつつ、シャワー浴びてネット環境整えて床へ。ホテルへの道々、ドライバーの人がこのホテルには日本人しか泊まっていないと言っていた。明日は朝食の時に色々情報交換しよう!一日目終了。


From Bangkok, I enjoyed the conversation with a young man from Panjab who sat next to me in the plane. He had a hip look with his both eyebrows pierced. He is a baby brother of 5 sons and was on the way back home after 3 months of stay in Malaysia.

Me: why did you go to Malaysia?

Rizman: I wanted to go to disco! with some girls. There are no discos in Pakistan.

Me: Why did you leave already? Did you get bored?

Rizman: New roommate in my apartment was an Indian and he tried to kill me. Also, I was afraid that he was going to police to tell them that I was an illegal resident.

He told me about his plans of going to gym once he gets back home. He wants to be mucho he said. "why to be macho? Girls like muscles right?"
Rizman kept on chewing gum for the whole time. According to him, chewing gum keeps his chin very slim. mmmm I should perhaps start chewing gum too.
He is not planning of working because he (his family I suppose) owns big properties in Lahore, so he wants to eat well, sleep well and work out well from now on. He looked really happy when he was talking about his plans so I think it is all good.

When we were writing the entry card, Rizman said he forgot his ID and he cannot write down his ID number. I thought it would be problematic, but he said it is no problem. ' We are in Pakistan, it is ok. everything will be ok in Pakistan' and he smiled. What does this smile mean? I guess I will find it out sometime later in my stay in Pakistan.

As we were landing, Rizman started to be worried about this brow pierce which he was talking very proudly about at the very beginning of our conversation. He said his dad is picking him up from the airport and he thought better to take it off. He asked me to help him unscrewing the tudd. I hesitated especially because I was surrounded by all Pakistani people who probably did not like any kind of sexual movements such as a woman touching or getting close to a man's face. I was already feeling some attentions by the surroundings for being a female traveling alone and talking with a strange Pakistani man who was sitting next me. I indirectly and politely refused to help him. He took it off by himself in a short while.

When I arrived in Isalamabad airport, there were three lines at the passport controle. One for Pakistani, one for foreigners, and the last for Pakistani women and children who were unaccopanied by men. I observed the foreigners' line and found very typical looking journalists and NGOs. I also found a few ladies who covered their hair who I suppose are married to Pakistani men. Fortunately, a person who was standing in front of me was a UN operation coordinater who based in Peshawar. Even more fortunately he was Japanese! I asked about how it is like to live in Pakistan in very few sentences and he told me I should not worry too much. He introduced me to another Japanese man who is based in Islamabad working for JICA. I felt really happy being Japanese.

After the luggage claim, I was welcomed by about 80-100 people standing outside waiting for their family and friends. There were about 30 children lining up so straight in front of the adults waiting. They looked so adoreble. Among all those people, I saw a big sign says ' Ms. Sato'. I greeted the hotel driver and took off to the hotel. Thank God he had a big sign. I have no idea how I would have found him otherwise.

The hotel Lavender is owned by a famouse Japanese lady knowned as 'Obahan' (meaning aunty in Japanese Western dialect). The staff was very kind and the room is spacious and comforting. Thanking the KnK staff who found this hotel and I went to bed. I was dreaming about the next morning to have some chats and information exchange over breakfast with other guests who are supposedly all Japanese(the driver said there are only Japanese guests).
The end of day 1